2006年7月16日 (日)

大仁神社

Cimg5807 Cimg5815 伊豆の大仁神社。

ご祭神は大山咋 命(おおやまくいのみこと)

相殿は誉田別命(ほんだわけのみこと)倉稲魂命(らがのみたまのみこと)火産霊命(ほむすびのみこと)

加茂喜三さんによれば、大仁神社を頭にして、長岡の大男山をみぞおち、三島大社を股間に、という構図で、大仁は大人だった、ここは、日の斎祀所だった、と。

冬至の日の出の方向に向かって三島大社がある。

由緒書きによれば、大同年間(1300年前)に近江国の日吉大社からの御分霊、とある。日の斎祀ということであれば、さらに何百年とさかのぼることになるだろう。

石段を上がっていくと珍しく息が切れた。おかしいな、と思いつつ、お参りした後、本殿の裏にまわると石つくりの小祠があった。そこからはパワーをもらえた。エネルギーが循環するのがわかった。

Cimg5811 帰りがけ、石段で近所に住む80歳になるおばさんとすれ違う。

四方山話を聞いて、帰途につく。

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2006年5月13日 (土)

倭文神社(しどりじんじゃ)

Cimg3396富士宮市星山にある倭文神社。

延喜式神明帳にある式内社、とあるから、相当古い神社であることは間違いない。

Cimg3391 興味深い内容なので、左に由緒書きの写真を載せておきます。

ごらんのように、古代高天原時代、という言葉を使っている。

なかなか、勇気のある書き方をしている。そのゆえに、社は写真でご覧の通り、富士宮浅間神社と比べて、ずいぶん、見劣りがする。

しかも、大悟庵というお寺の境内に建つ、という感じだし。

Cimg3416 とはいえ、境内から眺める景色は日本の原像ともいえるもので、心和ませてもらった。

御祭神は健羽雷命。

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2006年5月 9日 (火)

北東本宮小室浅間神社

Cimg5025 これまた富士吉田市の明見にある神社。

拝殿の前に舞台がある浅間神社のかたちになっている。

この舞台で、世阿弥の父、観阿弥が舞をまい、その後、この地で亡くなったらしい。

この富士吉田の地には、富士王朝があったかもしれない、ということだけでなく、南北朝の秘密がありそうだ。

ここの小室とか御室とか、この地には、頭にこの字がつく浅間神社が三社のある。

御室とは、南朝方の、№2だったか、かなり高位の家だったらしい。

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徐福雨乞地蔵祠

Cimg5068 富士吉田市明見、明見湖の東、いまは、新興住宅地に造成されたところに、窮屈そうに建っていた。

徐福雨乞地蔵祠。

Cimg5070 誰かのブログの徐福伝説が伝えられる全国地図には、20箇所以上あったと思うけれど、ここも、そのうちのひとつ。

「宮下文書」が言うには、紀元前200年前後、秦の始皇帝と一年くらいの違いで死去した徐福が、富士王朝のことをその末裔から聞き書きして、12の文書にした、と。

紀州に3000日くらいいて、その後富士に来たらしい。

福、がつく苗字はだいたい、徐福の末裔だと言っている。

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2006年5月 8日 (月)

龍宮

Cimg5436 淡島神社の摂社というのか、龍宮があった。

海底宮殿「竜宮」があって竜王が出入りした、とか、浦島太郎が探訪した、とかの神話や伝説がある、という。

Cimg5437 淡島は、海中ピラミッドである、と加茂さんは書いている。

「宮下文書」には、蛭子が竜宮で神避った、とも書いてあるらしい。ついでに言うと、蛭子の幼名は仁良(にら)と言った、と。ゆえに、蛭が小島のあるところは韮山(にらやま)である、と。

神楽石があったり、亀岩、男根・女陰の夫婦岩があったり、竜神トーテムのモデルような淡島。

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2006年5月 7日 (日)

向原富士浅間神社

Cimg5146 富士吉田市の向原にある神社。

ちょうど、お祭りの日で、お神輿をながめていたおじさんに場所を聞くと、富士浅間神社だけじゃ、たくさんあるから、わからないよ、だって。

地図を示して、ようやく、場所を教わる。

Cimg5153 羽田さんの一族が松尾神社を再建した、という碑があった。羽田氏の始祖は、考元天皇の曾孫の武内宿禰というから、2000年くらい前、ということになる。

Cimg5155 境内には、写真のような石碑が何基かあった。これには、疱瘡神とかいてあり、ほかのには、蚕のなんとか、とか、東照大神などがあった。

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軽野神社

Cimg5450 伊豆の湯ヶ島にある軽野神社。

ご祭神は事代主命。

軽野神社というバス亭を目当てに走ったけれど、通り越していまい、コンビニで聞く。今では、136号線沿い、中島病院の前、というほうが、わかりやすい、と。

この神社には、十三字の神代文字によるご神符があるらしい。

天地神社、飯綱神社つながり。

むかしは、枯野と書いて、かの、といい、狩野でもある。カヌーという言葉から来ていると思う。枯野の船=かぬのふねといって、造船にゆかりの深い神社だったらしい。

日本書紀にも、応神天皇五年、伊豆国に命じて造らせた枯野と号する船が海に浮かんだ、という記述ある、と。

写真の拝殿の後ろ側に少し見える、とがった山、これが、あやしい。

人工的な感じのする山だった。

Cimg5444 拝殿はこの写真にあるように、狩野川を望んでいる。

田植えの準備で、なつかしい風景だった。

Cimg5453 たしか、天日霊命(あまひるめのみこと)ともいう天照大神にゆかりのある、丸石。これも、曰くありげに佇んでいた。

掌をあてると、パワフルだった。

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淡島神社

Cimg5392沼津市内浦重寺186という住所、淡島にある神社。

古事記によると、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)尊が、三津で、媾いして産んだ島、となっている。

その三津から、ロープウェイで、5分くらいで、島へ渡れる。

海の安全と豊漁を祈願するということから、1707年、弁財天神社が創立され、明治の神仏判然令で、淡島神社と改めた、とある。

しかし、実際は、もっと、はるかに古い歴史のある島だと思える。

Cimg5412  Cimg5416写真のように、夫婦岩、つまり、男根と女陰の巨石がある。

イメージは、古代の人々の豊穣への祈りにとんでゆく。


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2006年5月 6日 (土)

太神社

Cimg5136 富士吉田市小明見にある。

境内横には、僧房のような宿舎あとがあった。今も使っているのだろうか。

Cimg5141 徐福さんの祠もある。

ご祭神とかは、よくわからなかった。

Cimg5143 荒吐大明神とよめる碑があった。

邪馬台国云々の文字には驚いた。

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阿祖山大神宮

Cimg5294 富士吉田市明見にある。

日本最古の神社、とも言われる。

天照大神が、祖霊の何柱かを、お祀りした神社。

杓子山へ登る途中に、ひっそりと、佇んでいる。

泰山府君大神、南朝英霊魂之碑という石碑も見える。

Cimg5287_1  この地は、南朝方の陰の参謀本部だった、という加茂さんの説もあり。

富士吉田の小室浅間神社には、たしか、護良親王の首級がイチョウの根元に埋まっている、と書いてあった。

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