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2006年5月 1日 (月)

村山浅間神社

Cimg5132 2006年4月15日。

富士宮市村山。

Cimg5123 ミツバツツジが鮮やかな印象に残っている。

ここの拝殿の扁額には、富士根本館、と神代文字で書Cimg5118 いてある。

ここまでの道中、道を間違えて、富士山めがけて登っていったときの周囲の風景は、実にすばらしかった。

まさに、日本の里山。

富士神皇紀によれば、山宮七廟のひとつ、山守神廟があったらしい。ご祭神は、大山祗命・加茂沢媛。

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コメント

こんにちは
扁額の文字はべつに神代文字ではなくて、ふつうの篆書体か何かだと思われますが。

山宮七廟はなんでしょうか?

投稿: れふと | 2006年5月 8日 (月) 00時42分

れふとさん、コメント、ありがとうございます。
たしかに、富士根本館、というのは、
篆書体か何か、かもしれません。なにせ、あのあたりは、「古代日本の王都が富士山麓にあった」と書いている、加茂喜三からの受け売りですから。
神代文字という人がいる、という書き方だったですね。
山宮七廟も、加茂喜三さんからみの「神皇紀」からですが、富士吉田、阿祖山の七廟を、延暦19年(800年)富士大噴火のあと、山宮へ遷宮した、といわれるもの。
麿山・寒川・山守・金山・高座・高燈・根元神廟の七つだと。
麿山神廟は天照大神をお祀りし、今は、北山本門寺内に、本化垂迹天照大神宮として、残っているらしいです。これは、まだ、確認してありませんが。
「宮下文書」と呼ばれるものの関連です。偽書と言ってしまえば、それまでですが。


投稿: 神社おたく | 2006年5月 8日 (月) 21時18分

誰かが作ったにせよ、偽書もその時代の思想の産物で、歴史的史料であり、遺産だと思います。
そういう意味でいわゆる古史古伝にも興味あります。

投稿: れふと | 2006年5月12日 (金) 03時35分

れふとさん、ほんと、古史古伝って、おもしろいですね。気にかかるキーワードを手繰っていくと、いろんな場面に向かっていくし。
今は、常世、と、トーテム、と、生贄が気になっています。

投稿: 神社おたく | 2006年5月12日 (金) 07時10分

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