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2006年5月14日 (日)

下土狩の八幡神社

Cimg4995 駿東郡長泉町下土狩の八幡神社。

渡辺さんという九州の、よくしゃべるおじさんと会う。

もともと、この辺の出なんだそうで、たしかに、渡辺さんは名家ですからね、と。

御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)=応神天皇

Cimg4982

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2006年5月13日 (土)

三峯神社

Cimg5043 富士吉田市の明見町。

明見湖への道中、立派な鳥居が目に付く。

山道を登っていくと、その一番奥に、お宮はひっそりと建っている。

Cimg5053 社にくらべて、ずいぶんと立派な鳥居。

その後、再度、たずねたとき、お祭りに遭遇したけれど、家々を注連飾りでつないで、罪穢れ・禍ことが侵入してこないように、という強い祈りの形も見、盛大なものだった。

Cimg5054 山上から望む明見の街は写真のように、これまた、原日本の風景だった。

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倭文神社(しどりじんじゃ)

Cimg3396富士宮市星山にある倭文神社。

延喜式神明帳にある式内社、とあるから、相当古い神社であることは間違いない。

Cimg3391 興味深い内容なので、左に由緒書きの写真を載せておきます。

ごらんのように、古代高天原時代、という言葉を使っている。

なかなか、勇気のある書き方をしている。そのゆえに、社は写真でご覧の通り、富士宮浅間神社と比べて、ずいぶん、見劣りがする。

しかも、大悟庵というお寺の境内に建つ、という感じだし。

Cimg3416 とはいえ、境内から眺める景色は日本の原像ともいえるもので、心和ませてもらった。

御祭神は健羽雷命。

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忍草浅間神社

Cimg5015 忍野八海で有名な忍野村にある浅間神社。

実は、北東本宮浅間神社へ行くつもりが、道に迷ってよることになる。

ここの氣はとてもよくて、やっぱり、緑色のエネルギーに満ちていた。

奉賛会のメンバーをみると、天野・渡辺・大森・宮下Cimg5014_1 さんの苗字だらけ。

ここにも、「宮下文書」言うところの、富士王朝の末裔の気配がする。

Cimg5017 左の写真には、建甕槌命(たけみかづちのみこと)の碑が見える。この神様は、富士宮の星山というところにある倭文神社の由来に関係する。香香背男(かかせお)という星の神様が中央政府=高天が原への反乱を企てたとき、経津主神(ふつぬしのかみ)と計って、鎮撫した、と。

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2006年5月12日 (金)

大塚丘

Cimg5084 北口本宮浅間神社の境内奥、富士山と書かれた額のある鳥居を抜けて、さらに奥へ、一般道を越えていくと、小高い丘がある。大塚の丘。

人皇12代景行天皇の皇子、日本武尊が東征の折、ここにたちより、霊峰富士を遥拝した、とある。

Cimg5080 そのことを知る里人が丘上に浅間大神を祀り、日本武尊を合祀した。

その後、延暦7年(788年)甲斐守紀豊が丘の北東に社殿を創立し浅間大神を遷座させたのが北口浅間神社だ、と。

でも、延暦19年の富士大噴火のときは、どうだったんだろうか。

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北口本宮富士浅間神社

Cimg3664 富士吉田市の138号線沿いにある。

とても、立派な神社。

道路沿いの鳥居近くには、武田信玄戦勝祈願云々、という幟も見える。

Cimg3662 参道両側の杉の並木は立派だ。

それと、このあたりの浅間神社は、いったいに、水が豊富なことがうれしい。

なんといっても、ご神木が印象に残る。Cimg3667

富士太郎杉と富士夫婦檜。

根回りと言えばいいんだろうか、写真のように見事。

Cimg3670

思わず、目を閉じ、巨樹のまえにたたずむ。

千数百年の時に溶け込むような、緑色のエネルギーが境内を占めているような感じがしてくる。

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2006年5月 9日 (火)

北東本宮小室浅間神社

Cimg5025 これまた富士吉田市の明見にある神社。

拝殿の前に舞台がある浅間神社のかたちになっている。

この舞台で、世阿弥の父、観阿弥が舞をまい、その後、この地で亡くなったらしい。

この富士吉田の地には、富士王朝があったかもしれない、ということだけでなく、南北朝の秘密がありそうだ。

ここの小室とか御室とか、この地には、頭にこの字がつく浅間神社が三社のある。

御室とは、南朝方の、№2だったか、かなり高位の家だったらしい。

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徐福雨乞地蔵祠

Cimg5068 富士吉田市明見、明見湖の東、いまは、新興住宅地に造成されたところに、窮屈そうに建っていた。

徐福雨乞地蔵祠。

Cimg5070 誰かのブログの徐福伝説が伝えられる全国地図には、20箇所以上あったと思うけれど、ここも、そのうちのひとつ。

「宮下文書」が言うには、紀元前200年前後、秦の始皇帝と一年くらいの違いで死去した徐福が、富士王朝のことをその末裔から聞き書きして、12の文書にした、と。

紀州に3000日くらいいて、その後富士に来たらしい。

福、がつく苗字はだいたい、徐福の末裔だと言っている。

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二之宮浅間神社

Cimg5086 富士宮本宮浅間神社の東北にあたるのかな、すぐ近くにある神社。

鳥が鳴いていたのが印象的。

Cimg5085 護国神祇御柱、と彫られた石碑。

雨の中、鳥とともに神域にいる気分だったことを思い出す。

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2006年5月 8日 (月)

龍宮

Cimg5436 淡島神社の摂社というのか、龍宮があった。

海底宮殿「竜宮」があって竜王が出入りした、とか、浦島太郎が探訪した、とかの神話や伝説がある、という。

Cimg5437 淡島は、海中ピラミッドである、と加茂さんは書いている。

「宮下文書」には、蛭子が竜宮で神避った、とも書いてあるらしい。ついでに言うと、蛭子の幼名は仁良(にら)と言った、と。ゆえに、蛭が小島のあるところは韮山(にらやま)である、と。

神楽石があったり、亀岩、男根・女陰の夫婦岩があったり、竜神トーテムのモデルような淡島。

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2006年5月 7日 (日)

向原富士浅間神社

Cimg5146 富士吉田市の向原にある神社。

ちょうど、お祭りの日で、お神輿をながめていたおじさんに場所を聞くと、富士浅間神社だけじゃ、たくさんあるから、わからないよ、だって。

地図を示して、ようやく、場所を教わる。

Cimg5153 羽田さんの一族が松尾神社を再建した、という碑があった。羽田氏の始祖は、考元天皇の曾孫の武内宿禰というから、2000年くらい前、ということになる。

Cimg5155 境内には、写真のような石碑が何基かあった。これには、疱瘡神とかいてあり、ほかのには、蚕のなんとか、とか、東照大神などがあった。

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軽野神社

Cimg5450 伊豆の湯ヶ島にある軽野神社。

ご祭神は事代主命。

軽野神社というバス亭を目当てに走ったけれど、通り越していまい、コンビニで聞く。今では、136号線沿い、中島病院の前、というほうが、わかりやすい、と。

この神社には、十三字の神代文字によるご神符があるらしい。

天地神社、飯綱神社つながり。

むかしは、枯野と書いて、かの、といい、狩野でもある。カヌーという言葉から来ていると思う。枯野の船=かぬのふねといって、造船にゆかりの深い神社だったらしい。

日本書紀にも、応神天皇五年、伊豆国に命じて造らせた枯野と号する船が海に浮かんだ、という記述ある、と。

写真の拝殿の後ろ側に少し見える、とがった山、これが、あやしい。

人工的な感じのする山だった。

Cimg5444 拝殿はこの写真にあるように、狩野川を望んでいる。

田植えの準備で、なつかしい風景だった。

Cimg5453 たしか、天日霊命(あまひるめのみこと)ともいう天照大神にゆかりのある、丸石。これも、曰くありげに佇んでいた。

掌をあてると、パワフルだった。

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淡島神社

Cimg5392沼津市内浦重寺186という住所、淡島にある神社。

古事記によると、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)尊が、三津で、媾いして産んだ島、となっている。

その三津から、ロープウェイで、5分くらいで、島へ渡れる。

海の安全と豊漁を祈願するということから、1707年、弁財天神社が創立され、明治の神仏判然令で、淡島神社と改めた、とある。

しかし、実際は、もっと、はるかに古い歴史のある島だと思える。

Cimg5412  Cimg5416写真のように、夫婦岩、つまり、男根と女陰の巨石がある。

イメージは、古代の人々の豊穣への祈りにとんでゆく。


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2006年5月 6日 (土)

太神社

Cimg5136 富士吉田市小明見にある。

境内横には、僧房のような宿舎あとがあった。今も使っているのだろうか。

Cimg5141 徐福さんの祠もある。

ご祭神とかは、よくわからなかった。

Cimg5143 荒吐大明神とよめる碑があった。

邪馬台国云々の文字には驚いた。

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愛宕神社

Cimg5222 舘山寺の愛宕神社。

へんな言い方だけど、隣に、舘山寺はあるけれど、地名になっているから。

ご祭神は、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)=日産霊神。

神亀4年(667年)鎮座というから、1300年以上前、ということになる。

諸国行脚の西行法師が詠じた歌が残っている。

 舘山の若帆の松の苔むしろ

  都なりせば吾も来て見む

Cimg5229 愛宕神社の奥の院もあった。

仙台の飯綱、京師の愛宕、秋葉の三尺坊、讃岐の金毘羅は、いずれも、もとは竜神だ、という。

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山宮浅間神社

Cimg5244 富士宮市山宮にある。

この写真は、木花咲耶媛のご神霊だという。

古くは、富士大神、浅間大神をお祀りしていた、とも。

霊峰富士を神として直接礼拝したということで、今でも、神殿はないし、過去、神殿を造営しようとしたとき、大風がおこり、頓挫した、と。

山宮七廟のひとつで、高座神廟と高燈神廟があった、とも。

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阿祖山大神宮

Cimg5294 富士吉田市明見にある。

日本最古の神社、とも言われる。

天照大神が、祖霊の何柱かを、お祀りした神社。

杓子山へ登る途中に、ひっそりと、佇んでいる。

泰山府君大神、南朝英霊魂之碑という石碑も見える。

Cimg5287_1  この地は、南朝方の陰の参謀本部だった、という加茂さんの説もあり。

富士吉田の小室浅間神社には、たしか、護良親王の首級がイチョウの根元に埋まっている、と書いてあった。

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2006年5月 5日 (金)

飯綱神社

Cimg4796 富士市江尾にある古社。

ここの宮司、大森忠裕さんは、250代というから、途方もない。

この神社には、十種之神宝(とぐさのしんぽう)が伝わっているらしい。神宝とは、呪具で魂を呼ぶ、とか、魂を鎮めるのに用いられた、と。

さらに、神典のなかには、二つの三角形を上下に組み合わせた、ダビデの星=ユダヤ紋もあるらしい。

あるいは、五十火綱ノ祭(いひづなのまつり)という火祭りや探湯祭・釜鳴動祭という神事も残っている、という。

これ、みんな、加茂喜三さんの本からの受け売りですが。

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2006年5月 4日 (木)

天地神社

Cimg4748 田方郡函南町平井にある天地神社。

合併して、伊豆の国市かな。

てんちじんじゃ、と読むけれど、あわじんじゃ、とも読めるらしい。

天はあ、地はわ。近くにある、淡島とも通ずる。

Cimg4751 もともと、この大楠を見に行ったんだけど、天地、という名前がいかにも、ありえない、という感じがした。

近所のおばさんも、天照大神を祀っているんだけど、ほんとは、ニギギノミコトなんだそうですよ、古老の話では、といかにも、秘密ありげに話してくれたし。

道をきいたおまわりさんも、ものすごく古いものがあるんだそうですよ、とこれまた、秘密めかして、嬉しげに教えてくれたので、なにかある、と興味は、否が応でも、高まる。

ネット検索しても、なかなかヒットせず。

信州の南豊科の神代文字がかろうじて、ひっかかり、アヒル文字つながりで、加茂喜三の著作物にたどりつく。

天地神社は、瓊々杵奠(ににぎのみこと)の陵墓の地だった、と。

天地の根源を祀った神社、ご神体は男女の性器=弥栄ノ神。

秘密めいた物言いは、このご神体のことだったのかもしれないな。

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富士御室浅間神社

Cimg5312 河口湖近く、都留郡勝山村にある御室浅間神社。

文武天皇の時代、698年、藤原義忠公によって、富士山に最初に祀られた神社、と御由緒にはある。

延暦19年(800年)、貞観16年(864年)の大噴火で、炎上を繰り返した、と。

Cimg5325 境内は広く、15000坪とも言う。

境内社は、石割社、別天津神社、国津神社、天神社、雷神社など。

しかし、御祭神は、コノハナサクヤヒメ?

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筒口神社

Cimg5268 河口湖東岸にある、筒口神社と境内社に今諏訪神社。

隣にあった、大きな宿泊施設のような、廃墟が目につく。だいたい、どうして資材を運んだんだろう、というくらい、アプローチが狭い。

Cimg5277 御祭神 中筒男命(なかつつおのみこと)

河口湖の湖水が渦巻をまいているところがあり。

ここを筒口という。

たびたび遭難した。その筒口を、天上山の松材でふさいで、防災を祈った。

建久4年(1193年) 水神を祀った。

文明8年(1476年) 拝殿造営し、筒口明神と号す、と御由緒にはある。

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山之神社

Cimg5250  富士宮市山宮、山之神社。

2006年4月29日。

この山之神社というのは、かぞえきれないくらい、たくさんある。

Cimg5246

ガソリンスタンドとクワガタを売っているお店に、車を置かせてもらう。

小祠の後ろ側に、古びた、変色した石がある。

岩座の小さなヤツなのか。

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大山祗神社

Cimg5253 富士宮市山宮にある大山祗神社。

2006年4月29日。

Cimg5258 大山祗命を祀ってあるんだろうな、名前から言って。

この鳥居から下りてくる道中、近所に住む小学生とすれ違う。えらく、はきはきした、感じのいい子だった。

そこのところに、ちゅうさぎがいますよ、だって。

同行の友人と、大山さんのご縁衆かも、とはなす。

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2006年5月 3日 (水)

阿字神社

Cimg5338 2006年4月29日。

富士市田子の浦、富士と港の見える公園。

里宮と奥宮あり。こちらは、奥宮の方。

隣は、お稲荷さん。

阿字、というのは、生贄になった女の子の名前だという。

Cimg5331 おろちのお池、があって、そこの竜神に、人身御供をだして、暴れるのを勘弁してくれ、というシナリオだったらしい。

関東から京へ帰る、7人の女の子のうちの、一番若い阿字が、祭りのおみくじにあたってしまって、いのちを捧げた、と。

この生贄については、竜神トーテムへの信仰が、ベースにあるという。各地で、仏教伝来以前の生贄伝承が残っているらしい。

Cimg5336 このあたりは、水を治めるのに、古来苦労してきたようで、明治の頃にも、大分県の技術者、本田乙市という人も、殉職しているようだ。石碑が建っていた。

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2006年5月 2日 (火)

寒川浅間神社

Cimg5361 2006年4月29日。

富士市比奈にある寒川浅間神社。

超古代、富士に王朝がある、と書いている加茂さんが言うには、どうも、ここが、愛鷹明神の所在地ではないか、と。

近所のおじさんがのんびり世間話をしていた。

浅間さん、ここですか、ときくと、うなづいていた。

境内では、地元の親子が、何人か、ボールで遊んでいた。

参拝をするのは、やめておいた、恥ずかしくて。

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2006年5月 1日 (月)

村山浅間神社

Cimg5132 2006年4月15日。

富士宮市村山。

Cimg5123 ミツバツツジが鮮やかな印象に残っている。

ここの拝殿の扁額には、富士根本館、と神代文字で書Cimg5118 いてある。

ここまでの道中、道を間違えて、富士山めがけて登っていったときの周囲の風景は、実にすばらしかった。

まさに、日本の里山。

富士神皇紀によれば、山宮七廟のひとつ、山守神廟があったらしい。ご祭神は、大山祗命・加茂沢媛。

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